当科の手術方針について

いかなる胸腔内手術を行う際にも皮膚に傷をつけて肋骨の間から、あるいは胸の中心を縦に切開して、胸腔内(いわゆる肺を入れている入れ物)に到達しなければ手術はできません。昔は30-40cmの大きな傷口になってしまい、手術の後痛みが強い、苦痛を伴う手術をされている時代もありましたが、昨今はできるだけ小さな傷で、侵襲の少ない手術が主流になっています。

当科では終始モニター画像を見て行う完全鏡視下手術と、創部を7cm程度に抑えて胸腔鏡補助下でモニター画像と直視の両者を併用したハイブリッド手術を用いた2通りの手術法が主流です。症例によっては2か所のポートでの手術を行っています。今後は単孔式胸腔鏡手術(4cm創のみ)やロボット支援胸腔鏡下手術の導入も検討中です。

術式の選択は、主に手術の難易度や危険度に応じて柔軟に決定しています。後述の手術の工夫:術後の痛みに配慮した鎮痛法を併用しながら行うため、痛みのコントロールが非常にうまくできるようになりました。

❶ 姫路式胸腔鏡下手術

当科の松岡が2019年4月に姫路医療センターから当院へ異動となり、新たに姫路式VATSを導入しています。姫路式VATS(Video-Associated-Thoracic-Surgery)とは、姫路医療センターの宮本医師を中心に開発された3つの穴(手術の際につくる創)から行う手術(お腹でいう腹腔鏡手術)のことで、主に扱う病気は肺がんです。右肺は3つ(3葉)、左肺は2つ(2葉)に分かれており、肺がんの手術では5つのうち1つを切除する手術(肺葉切除術)が標準術式です。姫路医療センターは日本でも屈指の胸腔鏡手術を行っている施設で、手術数も西日本ではここ数年連続第一位です。松岡は7年間勤務し、執刀530例、1000例を超える手術に携わってきました。2019年4月から2020年12月に当院で行った姫路式VATSの手術数は110例で、そのうち104例(94.5%)は大きく胸を開けずに行っています。肺がん治療は手術後も大切で5年間の外来通院が必要となります。姫路医療センター勤務中は遠方から来院される患者様を多数見てきました。わざわざ姫路まで足を運ばなくても当院でも可能です!姫路式VATSで近隣の皆様の肺がん治療に貢献できれば幸いです。

姫路式VATS~右上葉肺がん術後9か月後の傷跡です:ほとんど目立ちません

❷ 単孔式胸腔鏡手術〜より低侵襲な胸腔鏡手術〜

単孔式胸腔鏡手術(UVATS)と適応疾患

胸腔鏡(カメラ)を使用した低侵襲な手術として2019年度より4cm以下のキズ1ヶ所で手術する単孔式胸腔鏡手術(Uniportal Video-Assisted Thoracic Surgery)を開始しています。適応疾患とキズの大きさは、気胸で約2cm、縦郭腫瘍で約3cm(大きな腫瘍には摘出するためにキズが大きくなります)、膿胸で約4cm、部分切除・区域切除・肺葉切除を行う(原発性・転移性)肺癌で約3.5cm(大きな腫瘍には摘出するためにキズが大きくなります)です。

単孔式胸腔鏡手術のトレーニング

多孔式胸腔鏡下手術やロボット支援下手術に比べ、一度に使用できる器具数が少なく、使用する器具も長く弯曲し特殊なため術者にとっては技術的に難しく、慣れが必要です。創が1ヶ所のため術者の器具と胸腔鏡(カメラ)の干渉が起こりやすく助手にとっても術者同様に難しく、慣れが必要です。日本で導入している病院は徐々に増えていますが、まだ多くはありません。我々は肺臓器モデルや動物の肺を用いて手術トレーニングを行い、また3D-CT画像を活用したシミュレーションを行うことで技術的難点を知り、段階を踏んだトレーニングを行い、安全で確実な手術を提供していきます。

単孔式胸腔鏡手術の実績

2019年~2024年3月までに109件の単孔式胸腔鏡下手術を一人の術者で行ってきました。単孔式胸腔鏡下手術の件数は近年増加傾向です。単孔式胸腔鏡下手術は新しい術式であるため、全国の施設と情報共有し切磋琢磨するため学会発表も積極的に行っています。

創の比較

単孔式胸腔鏡手術の画像

単孔式胸腔鏡手術

多孔式胸腔鏡手術の画像

多孔式胸腔鏡手術

❸ RATS "ラッツ"(ロボット支援下胸腔鏡手術)はじめました!

当科では2021年12月から"ダ・ヴィンチ"を用いたロボット支援下胸腔鏡手術~RATS "ラッツ"(Robot-Associated-Thoracic-Surgery)を開始しています。

ロボット手術といっても、ロボットが勝手に手術するようなことはなく、我々外科医がロボットを操作する"コンソール"に入って患者さんに装着されたロボット(アーム)を操って手術します。手技的には"ロボットを使った胸腔鏡手術"ということになります。また、"ロボット手術"というと遠隔操作のイメージがありますが、実際には我々とロボットは同じ部屋(手術室)にいますので何かあった時にはすぐに対応可能です。

手術のアプローチは5ポートですが、最新型ロボットのアームは細く(8mm&12mm)、創を可能な限り同じ肋間に揃えるため開胸術に比べて低侵襲であると言えます。また、ドレーン部以外の創はこれまでと同様に抜糸がいらない埋没縫合をしています。

2024年3月までで22例(Si-10例、Xi-12例)施行しています。22例の平均手術時間は196分(*平均コンソール106分)、平均術後在院日数は5.5日(*平均ドレナージ期間2.3日)、出血量は"少量~200g"となっています。

※出血コンバート症例はありませんが、術後の合併症として「術後肺瘻」・「後出血を認め血種除去を行った症例」・「術後間質性肺炎の増悪を認めた症例」が各1例ずつあります。最近では、外来でRATSを希望される患者さんもおられるため、できる限り希望に沿うようにしています。2024年6月には2台目のXiが導入される予定ですので、手術枠の問題も解消されそうです。

コンソールの画像

コンソール

da Vinci Xi®の画像

da Vinci Xi®

❹ ICG(インドシアニングリーン)を用いた肺区域切除の試み

早期肺癌に対しての肺区域切除手術(肺葉切除に比べ、より小さい範囲の肺を切除するため、肺機能が温存できる)は増加傾向です。ICGという特殊な医療用色素を用いることで肺区域手術の際、切離すべき適切な位置を決めるのに役立ち、従来の方法(含気法)よりも正確な方法であるとされています。当科ではICGによる区域切除術を試験的に導入しております。

特殊な色素を用いて切離すべき肺との境界を確認しています
(緑色に発光していない肺が切除する肺)
境界が鮮明に見えており手術操作に大きく貢献しています

手術の工夫:術後の痛みに配慮した鎮痛法

術後の痛みをコントロールするため従来の硬膜外麻酔に代わり、可能な限り持続肋間神経ブロック、持続胸部傍脊椎神経ブロックを行っています。麻酔を効かせる目標の神経や血管を直接見ながらチューブを胸膜直下に留置するため安全・確実な手技です。副作用が少なく、全身麻酔中に行うため患者さんの苦痛が軽減します。チューブは側胸部の皮膚から手術中に胸膜直下に入れますので、患者さんが仰臥位になったときの背中への不快感もありません。

黄色のチューブが胸膜直下に誘導され(白矢印)先端から
麻酔薬が注入され胸膜が膨隆している(黄矢印)様子