主な疾患について
1)肺がんについて
2019年時点での統計では、肺がんは数あるがんの中で最も死亡者数が多いがんであり、男性では1位、女性では大腸がんに次いで2位となっています。肺がんが発生するのは毛細血管やリンパ管が豊富にある肺組織ですので、容易に血管内・リンパ管内に浸潤していくことが特徴です。
このため、大きくなるまで放置しておくと、血流やリンパ流を介した転移が起こりやすく、手術では切除不能となる可能性が高く、手術をしても再発が生じやすいということになります。
逆に言えば、がんが小さいうちに見つかった場合は手術での根治の可能性が高く、当院でも手術後に5年以上再発が無く過ごしておられる患者さんも沢山おられます。
昨今は治療法も目覚ましく発展し、新薬の台頭による化学療法や放射線療法でがんに対して著明な効果を来す場合も多くありますが、薬物に対して耐性を獲得する可能性があり、大きさが小さくなっても完全に根絶できたかどうかは画像の上ではわかりません。
その点、現代の西洋医学では肺がん(特に非小細胞肺がんという組織型においては)に対する最も標準的かつ、根治的な治療は肺切除術であるということが知られています。当科では肺がんの標準術式である肺葉切除術を中心に積極的に行っております。
肺がんの術後、早期がんと診断された場合は術後かかりつけ医の先生を決めて、その先生と外来併診による術後のフォローアップのための-地域連携パス-を積極的に推進しています。引き続きご協力よろしくお願い申し上げます。
兵庫県地域連携クリティカルパスについては下記ホームページをご参照ください。
2)転移性肺腫瘍について
転移性肺腫瘍:転移性肺腫瘍は、他の臓器の癌が肺に転移したものを言います。肺以外の臓器に転移が無く、その数も数個程度である場合には手術や放射線療法などの局所治療を行う場合があります。大腸がん、骨肉腫、子宮がん、腎臓がん、乳がん、、頭頸部がん、などがあります。昨年度は乳がん、大腸がん、上咽頭癌などの転移性肺腫瘍に対して25例の手術を施行しました。(表2)
3)気胸について
当科では気胸の管理全般を行っています。難治性気胸で手術困難症例の近隣病院。医院からの紹介も多く積極的に受け入れています。手術が必要な場合はできるだけ早期の手術を心がけており、入院当日の手術も条件が整えば積極的に行っています。“気胸”とは胸腔と呼ばれる肺が収まる空間に空気が入ったときに起こる病気です。空気の胸腔内への流入が少ない軽症の気胸であれば、自然治癒することもありますが、沢山の空気が入ってしまった重症の気胸であれば、肺だけでなく心臓も圧迫してしまい、体に血液を送る働きが弱ってしまうため、命を脅かす危険性もありますので、重症例は速やかに胸腔内の空気を外に出す処置が必要です。
気胸になりやすい人の特徴
- 背が高くて細い10~30歳の男性に多いと言われています。これらの人々肺の病気が無くても気胸になりやすいと言えます。
- 肺の病気がもともとある人です。例えば、重喫煙による肺気腫や慢性気管支炎、肺炎や肺結核、肺がん、多発性硬化症、気管支喘息、珪肺症を持病に持っている人は気胸になりやすいといえます。喫煙者やマルファン症候群などの先天性疾患に罹患している場合も同様です。
- 激しくぶつかるスポーツをしたときなど、胸部に強い打撃を受けた場合。気圧の変動が激しい環境にいた場合も気胸の可能性を高めます。
- 全身麻酔下手術や人工呼吸器での呼吸補助を受けた後も気胸を発症する可能性が上がると言えます。
気胸を疑うのはどのような時でしょうか。
上記の条件を持つ方に下記の症状がある場合には気胸の可能性があります。
- 片方の胸が断続的に痛い
- 息切れや呼吸困難(場合によって冷や汗を伴う)
- 胸が締め付けられるような痛み
- 心臓のリズムが早く打つ、脈が早い
- 唇が青くなったり。顔色が青白くなる
気胸の診断は胸部レントゲン写真および胸部CTで主に行い、偶然見つかることもあります。治療方法は大きく分けて3通りあります。
- 経過観察:軽症の場合、胸部レントゲン写真を頻回にチェックし、自然治癒を期待します。
- 胸腔ドレナージ:中等症~重症例は速やかに胸腔内の空気を外に逃がす必要があるため局所麻酔の後、胸腔内に管を挿入する処置を行います。
- 手術:重症例、再発の可能性が高い症例については手術をお勧めすることがあります。全身麻酔で気胸の原因となった肺の一部を切除するなどの処置を行って治癒および再発予防の効果を期待します。
写真は気胸に対して胸腔鏡を使用した手術中の画像です。写真上部に見える風船のようなものをブラと言い、肺の組織が弱くなった気胸の原因となりうる、切除が望ましい病変です。ブラを切除し、気胸の原因を取り除きました。
4)縦隔腫瘍について
当院では縦隔に発生する腫瘍や病変に対する手術も行っております。縦隔とは左右の肺に挟まれた空間であり、背側は脊椎、腹側は胸骨で境界されます。
上図:胸部レントゲン写真の線で囲まれた部分が“縦隔”です
縦隔には大血管、心臓、食道、気管、胸腺、リンパ節、種々の神経などが存在します。その縦隔内の腫瘍や嚢胞性病変を総称して縦隔腫瘍と呼びます。
- ※ただし大血管・心臓・食道・気管から発生する腫瘍は除きます。
具体的には、腫瘍性病変:胸腺腫、胸腺癌、胚細胞腫瘍(奇形腫、卵黄嚢腫瘍、絨毛癌)、神経原性腫瘍などや、嚢胞性病変:胸腺嚢胞、気管支嚢胞、心膜嚢胞などがあります。その中で、最も多い縦隔腫瘍は「胸腺腫」です。
日本胸部外科学会(2017年)の学術調査によると縦隔腫瘍に対する手術数5197例のうち、胸腺腫が1939例(37.3%)を占めています。
当院でも、2018年:7例/20例(35.0%)、2019年:5例/11例(45.4%)、2020年:2例/6例(33.3%)と縦隔腫瘍手術の30〜40%を胸腺腫が占めています。
胸腺腫は胸腺の上皮細胞から発生する腫瘍です。悪性の腫瘍として扱われていますが、進行スピードはゆっくりしています。症状を起こすことは少なく、健康診断や病院でたまたま胸部レントゲン検査・CT検査を受けて異常を指摘されることが多いです。しかし、腫瘍が大きくなり進行してくると、咳・胸痛・呼吸困難などの症状が出てきます。胸腺腫の中には重症筋無力症を合併(合併率16〜24%)していることもあり、その場合はまぶたが垂れて下がる(眼瞼下垂)、ものが二重に見える(複視)、腕や脚の力が弱くなる(四肢の脱力)等の症状が出ることがあります。この症状は一定ではなく、休憩により回復することが特徴です。重症筋無力症を合併している場合は神経内科と協力して治療を行います。
縦隔疾患の手術に関しては状況に応じて胸骨正中切開、あるいは胸腔鏡手術を選択します。入院期間は通常1週間程度です。
胸骨正中切開
胸腔鏡手術
当院における縦隔腫瘍の治療経験
一般的に、胸骨正中切開は体の中心に傷跡が残り、胸骨という骨も切開しなければいけないことから、合併症・整容性の面から言えば胸腔鏡手術に劣ります。
当院では、胸腺腫に対する胸腔鏡手術を積極的に行っており、特に重症筋無力症合併例に対する拡大胸腺摘出術も、両側からアプローチすることで胸骨正中切開を避けることができています。一方、胸骨正中切開が必要な、巨大な縦隔腫瘍の手術経験も蓄積しており、心臓血管外科・麻酔科との合同手術により高難度な手術に関しても対応が可能です。必要な症例に応じて、胸骨正中切開などの侵襲的な切開を行い、なるだけ患者さんに負担にならない形で手術を行っています。
下の2症例は当科で摘出術が成功した巨大縦隔腫瘍の胸部CT画像です。生命にかかわる重要血管が巻き込まれている腫瘍や、左右に大きくまたがって存在している腫瘍に関しては、術前から何度も話し合いを重ねて適切な治療方針を患者さんに選択いただき、手術に望んています。
症例1;腫瘍(赤い丸で示した箇所)が肺動脈や大静脈、大動脈と近くに接している症例(60歳男性)
症例2;腫瘍(赤い丸で示した箇所)が左右の胸郭内に広がっている症例(65歳女性)
5)感染症手術
急性膿胸・慢性膿胸・非結核性抗酸菌症などの感染症手術を年間25例程度行っています。近隣病院からの御相談例も積極的に転院していただいた上で治療しています。
6)気道内インターベンション
気管腫瘍、気管狭窄などに対して、気管腫瘍レーザー焼灼術、ステント留置(Dumon stent, metallic stentなど)、難治性気胸に対する気管支充填術(EWS留置)などを行ってきましたが、今年度硬性気管支鏡の導入が決まりました。
今までは軟性気管支鏡を使用し長時間かかった気道病変の処置を行ってきましたが、より短時間で安全な治療が硬性気管支鏡可能になると期待しています。