多発性硬化症(MS)/視神経脊髄炎(NMO)
基礎知識と療養のポイント
監修;兵庫県立尼崎総合医療センター 脳神経内科
2025.1
このページの目次
1.多発性硬化症(MS)はどんな病気?
多発性硬化症は免疫細胞が中枢神経(脳・脊髄)や視神経に炎症を起こして、神経組織を障害する自己免疫疾患です。自己免疫疾患とは、本来、外敵から自分を守るための免疫系に異常が起き、自分の体の一部を外敵と見なして攻撃してしまうことによっておこる病気です。多発性硬化症では神経細胞の突起(軸索)を被う髄鞘(ずいしょう)が主な標的となり、その結果、髄鞘が壊され(脱随)、神経からの命令が伝わりにくくなります。またこの病気は脱髄の空間的、時間的多発性を特徴とします。空間的多発性とは、複数の神経障害部位があるということ、時間的多発性とは、何度も症状の寛解と再発を繰り返すことです。有病率は推計で人口10万人あたり14~18人程度、発症好発年齢は30歳前後、2~3:1の割合で女性に多い病気です。発症リスクとして高緯度地域での生活、日照時間の低下、EBウイルス感染、喫煙などが指摘されていますが、自己免疫状態をきたす、その詳しい原因はわかっていません。
炎症を起こした後、古くなった脳や脊髄の病巣は硬くなるため、多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)という名前がつけられました。
2.多発性硬化症(MS)の主な症状
MSでみられる症状は、脱髄が起こる部位によって異なるため、患者さんによって様々です。比較的よくみられる症状には以下のようなものがあります。
感覚障害 | 触った感触や温度の感覚が鈍くなる、逆に過敏になる。痛みやしびれ感など、異常な感覚が生じる。 |
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運動障害 | 手足に力が入りにくい。体の片側が動きにくい。ふらついて歩きにくい。 |
目の障害 | 霧がかかったようになり見えにくい。視力が急に低下する。視野が狭くなる。ものが二重に見える。 |
排尿障害 | 尿の回数が頻回になる。間に合わず失禁する。尿が出にくい。残尿感。 |
認知・精神障害 | 理解力の低下や物忘れがある。気分が高揚する。うつ状態になる。 |
発熱、入浴、運動などにより体温が上がると、それまでにこの病気であったしびれ感などの症状が一時的に悪化することがあります(ウートフ徴候)。また、頚部を前屈すると肩から背中にかけて放散する電撃痛を生じることがあります(レルミッテ徴候)。
3.多発性硬化症(MS)の経過
経過によって「再発寛解型」、「一次性進行型」、「二次性進行型」に分類されます。「再発」とは、神経症状が悪化して24時間以上持続し、かつ、前回の発作との間には1ヶ月以上の安定期があることと定義されます。「進行」とは、再発とは別に1年以上にわたって神経症状がゆっくり悪くなることです。
分類 | 内容 |
---|---|
再発寛解型 | 急に症状が出ては治るを繰り返す。再発を繰り返すたびに後遺症を残すようになる。約8割の患者が再発寛解型として発症・進行し、そのうちの約半数が15~20年の経過で二次性進行型に移行する。 |
一次性進行型 | 再発寛解型を経ずに、最初から障害が持続性に進行する。 |
二次性進行型 | 当初は再発寛解型を示すが、その後は再発の有無にかかわらず、障害が持続性に進行する。 |
4.多発性硬化症(MS)の診断
診断の基本は、中枢神経における脱髄病変の空間的および時間的な多発性の証明です。そのために、問診、神経診察、髄液検査、電気生理検査、MRI検査などを行います。
問診 | 空間的、時間的に多発するエピソードがあるか、病歴を確認する。 |
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神経診察 | 病巣部位を推測し、空間的に多発しているかを評価する。 |
髄液検査 | 髄液の性状を調べ、中枢神経の炎症の有無を間接的に評価する。多発性硬化症ではオリゴクローナルIgGバンドの出現、IgGインデックスの上昇が見られる。 |
電気生理検査 | 手足や目に電気や光の刺激を与え、脊髄や視神経において脱髄による神経伝導の遅れがないかを評価する。 |
MRI検査 | 脳や脊髄において脱髄病変がどこにどれだけあるかを確認する。造影剤を使用すれば、新しい病変は白く描出されて区別がつきやすい。 |
これらの検査を用いて、「空間的、時間的な多発性」を確認します。同時に、似たような症状をきたす他の病気でないか検討します。
以下に厚生労働省の再発寛解型、一次性進行型、二次性進行型の各MSの診断基準を挙げます。診断基準は時代とともに改訂されていきますので、常に最新のものをご確認ください。
多発性硬化症(MS)診断基準(厚生労働省 2021年10月改訂)
A)再発寛解型(RR)MSの診断
下記のa)あるいはb)を満たすこととする。ただし診断には、ほかの疾患の除外が重要である。
- a)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられる臨床的発作が2回以上あり、かつ客観的臨床的証拠がある2個以上の病変を有する。ただし客観的臨床的証拠とは、医師の神経学的診察による確認、過去の視力障害の訴えのある患者における視覚誘発電位(VEP)による確認、あるいは過去の神経症状を訴える患者における対応部位でのMRIによる脱髄所見の確認である。
- b)中枢神経内の炎症性脱髄に起因すると考えられ、客観的臨床的証拠のある臨床的発作が少なくとも 1回あり、さらに中枢神経病変の時間的空間的な多発が臨床症候、あるいは以下に定義されるMRI所見により証明される。
【MRIによる空間的多発の証明】
4つのMSに典型的な中枢神経領域(脳室周囲、皮質もしくは皮質直下、テント下、脊髄)のうち少なくとも2つの領域にT2病変が1個以上ある(造影病変である必要はない。症候性の病変も含める)。
【MRIによる時間的多発の証明】
無症候性のガドリニウム造影病変と無症候性の非造影病変が同時に存在する(いつの時点でもよい)、あるいは基準となる時点のMRIに比べて、その後(いつの時点でもよい)に新たに出現した症候性または無症候性のT2病変および/あるいはガドリニウム造影病変がある。
【発作(再発、憎悪)の定義】
発作(再発、増悪)とは、中枢神経の急性炎症性脱髄イベントに典型的な患者の症候(現在の症候あるいは1回は病歴上の症候でもよい)であり、24時間以上持続し、発熱や感染症がない時期にもみられることが必要である。突発性症候は、24時間以上にわたって繰り返すものでなければならない。独立した再発と認定するには、1ヶ月以上の間隔があることが必要である。
B)一次性進行型(PP)MSの診断
1年間の症状の進行(過去あるいは前向きの観察で判断する)および以下の3つの基準のうち2つ以上を満たす。a)とb)のMRI所見は症候性病変である必要はない。
- a)脳に空間的多発の証拠がある(MSに特徴的な脳室周囲、皮質直下、あるいはテント下に1個以上のT2病変がある)。
- b)脊髄に空間的多発の証拠がある(脊髄に2個以上のT2病変がある)。
- c)等電点電気泳動法によるオリゴクローナルIgGバンド陽性。ただし、ほかの疾患の厳格な鑑別が必要である。
C)二次性進行型(SP)MSの診断
再発寛解型としてある期間経過した後に、明らかな再発がないにもかかわらず症状が徐々に進行する。
〜多発性硬化症の重症度分類〜
特定医療費(指定難病)の支給認定申請をし、医療費助成を受けるにはさらに下記の重症度分類を満たす必要があります。
総合障害度(EDSS)に関する評価基準を用いてEDSS 4.5以上、または視覚の重症度分類においてⅡ度、Ⅲ度、Ⅳ度のものを対象とする。
Clinically isolated syndrome (CIS) とは
MSのような炎症性脱髄疾患を示唆する中枢神経症状が24時間以上続く、急性で初めての発作を指します。MSとの違いはそれ以前に発作症状がない(時間的多発性がない)ことです。CISの一部はその後の臨床的再発により、あるいはMRIで時間的多発性を証明することにより、MSと診断されます。
髄液検査なども加えてMSへの進展のリスクを早めに評価することが必要です。
【多発性硬化症の脳MRI画像】
5.多発性硬化症(MS)の治療
MSの治療は主に、症状が急に悪くなった時の急性期治療と、症状が落ち着いている時に行う再発予防治療に分けられます。
急性期治療
治療名 | 方法 |
---|---|
ステロイドパルス治療 | 副腎皮質ホルモン(ステロイド)の点滴静注療法。通常、1日500~1000mgのメチルプレドニゾロンを3日間点滴投与する。場合によっては繰り返し行うこともある。 |
血液浄化療法 | 血液を体外に取り出し、血球と血漿に分離し、血漿中の炎症を起こす物質を除去した後に、体内に血液を戻す治療。1コースあたり5~7回実施する。 |
免疫グロブリン大量静注療法 (IVIg) | 視神経炎の急性期に有効。献血から抽出した免疫蛋白(グロブリン)を体重1kgあたり400mgの大量投与を5日間連続で行う。 |
再発予防治療
再発寛解型MSが適応で、一次性進行型MSに対しては確立したものはありません。
一般的には再発を予防する効果の高い薬剤ほど、副作用も強く出ることが懸念されます。そのため、疾患活動性が低いと判断された場合はベースライン薬(効果はそれほど高くないが副作用も軽い)から開始し、再発がみられたり治療効果が十分でないと判断したときは、副作用に注意しながらより効果の高い薬剤への切り替えを検討します。当初から疾患活動性の非常に高い患者さんには後者の薬剤から開始することもあります。
いずれの場合でも作用・副作用、簡便性や継続性、患者さんの背景などを個別に検討して、薬剤を選択します。
MSに対する再発予防薬の一覧
*進行性多巣性白質脳症(PML)とは
進行性多巣性白質脳症(PML)はJCウイルスの日和見感染によって起こる脳の障害です。JCウイルスは通常は風邪などの原因となる弱いウイルスであり、多くの人に潜伏感染しています。HIV感染やMSの再発予防薬などの薬剤使用によって免疫力が低下すると、潜伏していたJCウイルスが脳の障害を起こします。発症すると根本的な治療法がなく、命に関わる病気のため、可能な限り発症を予防することが大切です。特に再発予防効果の強いナタリズマブはPMLを発症する可能性が他剤より高く、発症しやすいかどうかを推測するために、事前に血液中のJCウイルスの抗体価を調べます。PMLの診断には脳MRI検査と脳脊髄液検査(脳内のJCウイルスDNAの確認)が必要ですが、MSの脱髄病変と区別がつきにくいことがあり注意を要します。ナタリズマブなどの治療開始後は脳MRIでPMLの発症がないか常に観察しながら、また必要に応じて血液検査でJCウイルス抗体価を測定し、治療の継続・中止を判断していくことが必要です。
6.視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)はどんな病気?
MSから分離された病気で、視神経と脊髄を中心に強い炎症を生じます。この病気の場合、血液中に抗アクアポリン4抗体が検出され、この抗体が中枢神経のアストロサイトという細胞を傷害して発症します。脱髄が主体のMSとは病態が異なります。好発年齢はMSよりも遅く、30~40歳代です。60歳以降の高齢発症例もみられます。9:1で女性に非常に多い傾向があります。有病率は10万人あたり2~4人でMSより少ないとされます。
視神経脊髄炎の診断は当初は視神経炎と脊髄炎の両者が必要とされていました。ところが抗アクアポリン4抗体陽性でありながら、視神経炎と脊髄炎以外の延髄や大脳などの中枢神経の炎症による症状(脳症候群)を呈する症例があること、また抗体陰性(または検査結果不明)ながら臨床症状が類似した症例があることから、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)という疾患概念が提唱されました。
抗アクアポリン4抗体陰性のNMOSDの病態は不明ですが、一部で抗ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク(myelin oligodendrocyte glycoprotein:MOG)抗体が検出され、抗アクアポリン4抗体以外の抗体が関与している可能性があります。抗MOG抗体陽性の中枢神経脱髄疾患の疾患概念はまだ確立しておらず、NMOSD以外に皮質性脳炎や小児の急性散在性脳脊髄炎(ADEM)などでも検出されます。
視神経脊髄炎は近年、抗アクアポリン4抗体陽性の典型的な視神経脊髄炎を包含するNMOSD全体として、MSと対比して考えるようになっています。
7.視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の症状
症状はMSと類似していますが、下記の5つの病変部位の症状が特徴とされます。
病変部位 | 症状 |
---|---|
視神経 | 視力低下や視野障害を生じ、症状が強いときは失明することもある。 |
脊髄 | 両足または両手足の麻痺、下半身の感覚障害、排便・排尿障害など、脊髄の全機能障害を生じることが多い。 |
延髄最後野・脳幹 | 難治性の吃逆(しゃっくり)、嘔気、嘔吐。 |
間脳・視床 | 過眠、抗利尿ホルモン分泌異常症による低ナトリウム血症、意識障害。 |
大脳 | 半身の麻痺、感覚障害など。 |
多くは再発性で、MSと異なり慢性進行性は少ない、視神経炎は重症で両側例や失明例も稀ではない、再発時の症状がより重篤になりやすい、また脳の症状として傾眠、嘔吐、難治性吃逆がでやすい、とされます。
体温の上昇に伴い、一過性に神経症状が出現、または増悪することをウートフ徴候と呼び、MSと同様にNMOSDでも出現します。
8.視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の経過
上述のように、多くは再発性で再発を繰り返すたびに段階的に悪化します。再発時は特に治療に抵抗性で、重度であることが多く、後遺症を残しやすくなります。単回の発作で片面ないし両眼の失明や車いす生活になることもあります。ただ、MSのような慢性進行性はまれであり、適切な治療により再発を防げば長期の予後は悪くないとされます。妊娠・出産は本症再発のリスクを上げ、特に出産3か月以内に再発頻度が上昇します。
9.視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の診断
NMOSDは一般に急性発症の重度の視神経、脊髄、脳症状をきたすことが大半で、迅速な診断・治療が求められます。症状は、7で述べた5症状のいずれかを満たすことが多く、さらに過去の病歴聴取、MRI検査、髄液や血液検査が重要です。
視神経と脊髄に病巣を生じやすく、脊髄では上下に長い長大病変を形成しやすい特徴があります。脳病変もみられますが、MSとは病巣の好発部位が異なることも参考になります。
血液検査で最も重要な項目は血清抗アクアポリン4抗体で、通常、ELISA法で測定します。陰性の場合、感度がより高いCBA法(cell-bay assay)を行うこともありますが、現時点でCBA法は保険適応がありません。抗アクアポリン4抗体陰性の場合、抗MOG抗体を測定し、陽性になることもあります。
髄液検査ではMSと違い、オリゴクローナルIgGバンドの陽性率やIgGインデックスは低く、逆に細胞数は増加するとされます。
MSの再発予防治療薬により、NMOSDの病状が逆に悪化することが知られているため、両者をしっかり鑑別することが大切です。
NMOSDの診断基準
(2015年のWingerchukらによるInternational Panelの基準)
A)AQP4抗体陽性NMOSDの診断基準;a、b、c の全てを満たす
- 主要臨床症候(①~⑥)のうち1つ以上の症候がみられる
- AQP4抗体の検査結果が陽性
- 他の疾患(※)を除外できる
B)AQP4抗体陰性・未測定のNMOSDの診断基準;a、b、c の全てを満たす
- 主要臨床症候(①~⑥)のうち2つ以上の症候がみられる
- 主要臨床症候の1つ以上はON、縦長横断性脊髄炎(LETM)を伴う急性脊髄炎、又はAPSであること
- 空間的多発性が証明されること(主要臨床症候が2種類以上あること)
- 各主要臨床症候がMRI追加必要条件(*)を適宜満たすこと
- 実施可能な最良の手法を用いたAQP4抗体検査結果が陰性であるか、抗AQP4抗体検査を実施不可能
- 他の疾患(※)を除外できる
主要臨床症候
- ① 視神経炎(ON)
- ② 急性脊髄炎
- ③ 最後野症候群(APS):他で説明のつかないしゃっくり又は嘔気及び嘔吐発作
- ④ 急性脳幹症候群
- ⑤ 症候性ナルコレプシー、又はNMOSDに典型的な間脳のMRI病変を伴う急性間脳症候群
- ⑥ NMOSDに典型的な脳のMRI病変を伴う症候性大脳症候群
* AQP4抗体陰性・未測定のNMOSDのMRI追加必要条件
- ① 急性ON
- (a)脳MRIの所見が正常であるか非特異的白質病変のみを認める、又は(b)視神経MRIのT2強調画像で高信号となるか、T1強調ガドリニウム造影画像で造影される病変が、視神経長の1/2を超えるか視交叉に及ぶ
- ② 急性脊髄炎
- 3椎体以上連続の髄内病変(LETM)又は3椎体以上連続の脊髄萎縮のMRI所見
- ③ APS
- 延髄背側/最後野の病変を伴う
- ④ 急性脳幹症候群
- 脳幹の上衣周囲に病変を認める
※ 多発性硬化症/視神経脊髄炎との鑑別を要する他の疾患
- 腫瘍
- 梅毒
- 脳血管障害
- 頸椎症性ミエロパチー
- 急性散在性脳脊髄炎(ADEM)
- 脊髄空洞症
- 脊髄小脳変性症
- HTLV-1 関連脊髄症(HAM)
- 膠原病(全身性エリテマトーデス、シェーグレン症候群など)
- 神経ベーチェット
- 神経サルコイドーシス
- ミトコンドリア脳筋症
- 進行性多巣性白質脳症
〜視神経脊髄炎の重症度分類〜
特定医療費(指定難病)の支給認定申請をし、医療費助成を受けるにはさらに下記の重症度分類を満たす必要があります。
総合障害度(EDSS)に関する評価基準を用いてEDSS4.5以上、または視覚の重症度分類においてⅡ度、Ⅲ度、Ⅳ度のものを対象とする。
【視神経脊髄炎の脳と脊髄MRI画像】
10.視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の治療
MSと同様に急性期治療と再発予防治療に分けられます。急性期治療はステロイドパルス療法を行い、治療効果が十分でない時に血液浄化療法を用います。重症例では免疫グロブリン大量静注療法を検討します。
NMOSDは無治療では再発し、機能障害が残りやすいため、再発予防を行います。以前はステロイド製剤の内服が予防治療の中心でしたが、長期服用による副作用が問題となることもあり、近年では少量のステロイドと免疫抑制剤(アザチオプリン、タクロリムス、シクロスポリン、ミコフェノール酸モフェチルなど)の併用が基本方針となっています。それでも再発を防ぐことができない場合や、診断時から疾患の活動性が高い場合などは、生物学的製剤の使用が可能となっています。生物学的製剤はいずれも注射薬です(点滴または皮下注射)。MSの再発予防に使う薬剤はNMOSDには無効か、悪化させることがあるため使用しません。
NMOSDに対する生物学的製剤の一覧
11.多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の対症治療
急性期治療、再発予防治療と並行して、各症状を和らげる対症治療を検討します。
症状 | 対症治療 |
---|---|
痙縮 (手足が突っ張って動きにくい状態) |
内服治療(バクロフェン、チザニジン、ガバペンチンなど)、注射治療(ボツリヌス療法など) |
疼痛やしびれ感 | 内服治療(プレガバリン、アミトリプチリン、デュロキセチン、ガバペンチンなど)、注射治療(神経ブロックなど) |
排尿障害 (頻尿、尿意切迫、尿失禁、排尿困難、残尿、尿閉) |
症状に合わせた薬剤を使用する。間欠導尿や留置カテーテルが必要になることもある。 |
便秘 | 水分と食物繊維の摂取 薬物治療 |
疲労 | 非薬物治療(休憩と仮眠を生活に取り入れる、軽い有酸素運動)。薬物治療(アマンタジンなど)も検討。 |
認知障害 (MSの進行に伴い出現することがある。集中力の低下、健忘、情報処理速度の低下などで気付かれる) |
再発や進行の予防が重要とされる。 |
12.多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)のセルフケア
感染症、疲労、ストレスなどが再発の誘因となります。再発のきっかけになるようなことに注意しながら、日常生活では休息をこまめにとり無理をしないようにします。
① 体温の上昇に注意しましょう
激しい運動や入浴、発熱、暑い環境温、過度な日焼けなど、体温が上がることで一時的に症状が悪化するウートフ徴候が現れることがあります。再発と区別すること、ウートフ徴候をきたさないように高体温をおこす要因を避けることが大事です。長時間の入浴を避ける、ぬるめのお湯にする、部屋の温度を上げすぎない、炎天下の外出をできるだけ避けるなどの工夫してみましょう。
② 風邪などの感染症を予防しましょう
感染により免疫系が働きだすことで再発が起こりやすくなります。感染症の流行期には、人込みを避ける、手洗い、うがいをこまめにするなどして身を守りましょう。
インフルエンザなどの予防接種は状態が落ち着いていれば積極的に受けることをお勧めしますが、MSやNMOSDの再発予防薬によってはワクチンの効果が弱くなることがあります。また治療薬の種類によっては、治療開始前になんらかのワクチン接種をすることがすすめられる薬剤もあります。ワクチンに関しては事前に主治医と相談しましょう。
③ 適度な運動をしましょう
適度な運動は、体力の維持やストレスの解消に役立ちます。ストレッチ、ウォーキングなどがおすすめです。体温が上がることでウートフ徴候が現れたときは、速やかに体温を下げられるよう、保冷剤や冷たい飲み物を準備しておくとよいでしょう。
④ ストレスをためない工夫を
疲労やストレスが再発の引き金となることがあります。食事のバランスに気を配り、また、睡眠不足にならないよう注意して、疲労をためないようにしましょう。自分なりのストレス解消法を見つけることも大切です。
⑤ 便秘を予防しましょう
便秘に対しては水分と食物繊維の摂取、可能な範囲での運動を心掛け、それでも不十分な場合には薬物療法を行います。薬物療法には酸化マグネシウムなど便を軟らかくする薬、センナ・センノシド・大黄などの大腸を刺激して動かす薬があります。後者は使いすぎると効果が弱くなり、注意が必要です。最近では小腸からの粘液の分泌を高めて便を軟らかくする薬も利用できます。それでも排便が十分でない時は浣腸や摘便を検討します。
13.妊娠・出産時の注意点
MSの母親から生まれた子どもの出生体重や頭囲は正常で、先天奇形の確率も増加しません。MSの再発については、妊娠後期は低下し、出産後3か月は増加することが知られています。妊娠前に再発した場合、出産後の再発のリスクが高くなります。そのために妊娠を希望される場合、再発して間もない患者さんは治療により1年間の寛解を得たのちに、妊娠の準備を行うようにします。
NMOSDも出産後3か月の再発率が高くなりますので、注意が必要です。また妊娠前の1年間で再発がある場合、妊娠・出産時の再発リスクが高くなります。
妊娠と薬剤の関係については、MSの予防薬の中には妊婦または妊娠している可能性のある患者さんには使用できないものが多いため、計画的な妊娠と、妊娠に合わせた薬剤の選択調整が必要です。医師と相談しましょう。
NMOSDにおいても同様で、いずれの疾患においても妊娠に先立ち、再発のない安定した状態を保つことと、妊娠への影響と妊娠・出産後の再発予防を考慮した薬剤の選択が重要です。授乳に対する薬剤の影響についても、医師とご相談ください。
14.安心した生活を送るために
MSとNMOSDは治療の選択肢が増えたとは言え、再発のリスクがあり、新しい薬についても注意すべき副作用や合併症があります。また、治療により症状が改善してくると重症度分類を満たさなくなり、指定難病の医療費助成が受けられなくなることがあります。しかし、病院の受診が遠のくと、気が付かないうちに病気が進行していることがあります。定期的な受診を継続し、脳や脊髄MRIで病巣が増えていないか、確認していくことが大切です。
この病気は、若い世代の患者さんが多いため、進学・就労・結婚・妊娠/出産などに際して、いろいろと心配や不安もでてきます。一人で悩まずに家族や主治医、看護師をはじめとした周囲の人たちに相談して不安を減らし、少しでも前向きに病気と向き合っていくことも大切です。利用できる社会資源については、医療機関のスタッフ(主治医、看護師、医療ソーシャルワーカー等)、ケアマネジャー、お住いの市町村の窓口や保健所(健康福祉事務所)、難病相談センター、ハローワーク、患者会等に相談しましょう。