対象とする主な疾患

先天性心疾患では、完全大血管転位や総肺静脈還流異常などの複雑心奇形が多く、心房中隔欠損や心室中隔欠損疾患に対しての小切開手術の経験も豊富です。また、成人先天性心疾患に対する外科治療や経過観察例が多いのは当科の特徴の一つです。

後天性心疾患では、狭心症に対する冠動脈バイパス術、心筋梗塞に合併した心室中隔穿孔や心破裂などの緊急手術、大動脈弁閉鎖不全や僧帽弁閉鎖不全の弁形成、大動脈弁狭窄に対する弁置換術などを行います。ハイリスクで手術が困難な大動脈弁狭窄例には、最新のカテーテルによる人工弁留置術(TAVI)が導入され、循環器内科と合同のTAVIチームで治療を行っています。

それ以外に人工心肺を使用する胸部大動脈瘤、腹部大動脈瘤や手足の末梢血管の外科治療も積極的に行っています。

当科ではあらゆる循環器疾患の外科治療において標準的な術式を網羅していますが、その中でも比較的新しい工夫、熱意を持って取り組んでいることを以下にご紹介します。

皮膚小切開手術

安全かつ小さな皮膚切開

心房中隔欠損、心室中隔欠損、不完全型心内膜床欠損などの疾患では皮膚小切開法(縮小胸骨切開法)を行っています。現在まで200例以上の経験があります。手術創は下の図や写真のように乳頭の下を切開することで胸元のあいたTシャツや水着を着ても目立ちませんが、安全な手術をモットーにしています。心房中隔欠損、心室中隔欠損、心内膜床欠損部分型、右室二腔症などで、年齢は12歳未満、体重30kg未満がこの方法の適応となります。

小切開、低侵襲による弁膜症手術

体の負担を軽く

一つの弁に対する手術で、一定の基準を満たす患者さんは小切開手術が可能です。通常の半分以下の創で済みますが、胸骨を切らない、もしくは切ったとしても部分的に止めることにより、体の負担が軽くなり早期社会復帰を目指します。MICSと呼ばれ、最近知名度が上がっているのか「できればMICSで」と名指しでリクエストされる患者さんも出始めました。疾患としては僧帽弁及び大動脈弁の閉鎖不全や狭窄症が代表的です。必要に応じて人工心肺は最新の”閉鎖式小回路”というものを使用しており、術後の炎症反応を低減することによりさらに体の負担を軽くする工夫をしています。少しでも小さいキズで済ましたいという希望の方から、体の負担が心配な高齢の方まで幅広く対応できると考えています。

弁形成術

自分の弁を修復して使う

最近の傾向として僧帽弁の手術は閉鎖不全症に対するものが増加しており、そのほとんどが自分の弁を修復して使う僧帽弁形成術です。当科では最新の三次元エコー(3Dエコー)を駆使して手術の前に詳しく弁の状態を調べ、修復の方法を計画します。手術は1980年代にフランスのアラン・カーペンター先生が発表した方法が世界的に今日でもスタンダードであり、当科でもそれに則っています。さらにそれだけでなく、僧帽弁が本来あった姿に戻すような新しいコンセプトの手術方法も採用し、少しでも理想的な治療に近づくよう努力しています。大動脈弁閉鎖不全も最新の四次元CT(4DCT)の導入によって逆流の仕組みが正確に診断できるようになり、大動脈弁形成術が可能かどうか、事前に判断できるようになってきました。今後、形成術が適していると考えられる患者さんには積極的に対応します。

虚血性心疾患

虚血性心疾患には狭心症と心筋梗塞があります。

【狭心症】

狭心症は心臓の筋肉(心筋)に血液を送る冠動脈という血管が動脈硬化により細くなったために心筋が酸素不足、栄養不足になって発作が起こる病気です。典型的な症状はある一定以上の運動をすると出現する胸痛で、労作性狭心症と呼ばれています。症状は胸痛だけとは限らず、胸焼けや喉の引き攣れ感、左肩の痛みとなって現れる場合もあります。中にはほとんど症状を自覚しない場合があり、これは糖尿病の方に多いと言われていますが、重症になるまで気がつかないため注意が必要です。安静時を含め発作がいつ起こるかわからない状態を不安定狭心症といい、早急な検査、治療が必要です。狭心症に対する外科治療は冠動脈バイパス術と言い、内胸動脈、大伏在静脈、胃大網動脈といった自己の血管を用いたバイパスを作成し、カテーテル治療と比較して長期耐久性に優れるのが特徴です。現在は人工心肺を用いないオフポンプバイパス術が主流です。

【心筋梗塞】

狭心症は心筋の細胞はまだ生きていますが、冠動脈が詰まり血液が途絶えると細胞が死んでしまい心筋梗塞に陥ります。そうなると心臓の働きが低下して生命の危険が高まります。心筋梗塞になるとその部分はどのような治療も効果がないため、狭心症が心筋梗塞に進まないようにすることが重要です。 心筋梗塞を起こした場所は筋肉が弱くなり、悪い条件が重なると裂けたり孔が開いたりして新たな障害を引き起こすことがあります。左室瘤、心室中隔穿孔、左室破裂、乳頭筋断裂があり、いずれも手術が唯一の治療法です。左室瘤とは、心筋梗塞の後左心室が瘤状に拡大しているもので、拡大した心室のために左心機能の低下を招いている状態です。左右の心室間の壁に穴が開いてしまった状態が心室中隔穿孔で、多くは心不全に陥ります。左室破裂は文字通り左心室が破裂する状態で、突然非常に危険な状態に陥り緊急手術が必要となりますが、それでも助かる確率は決して高くないのが現状です。乳頭筋断裂は僧帽弁を支えている乳頭筋が千切れてしまう状態で、急性の僧帽弁閉鎖不全を生じ、弁形成術や弁置換術を行います。

大動脈瘤

症状が出てからでは遅い。

血液が体全体に行き渡る際最初に通る血管が大動脈で、心臓から上向きに出た後すぐに下向きにUターンし背骨の横を通り、臍のあたりで左右に分かれるまで続いています。太さは2~3cmあります。大動脈瘤はこの大動脈が瘤(コブ)状に変化した状態で、多くは動脈硬化が原因ですが、細菌による感染や、体質的に血管が弱い状態で生じることもあります。動脈瘤の問題は限界の大きさを超えると破裂することで、破裂すると命を落とす確率が極めて高くなります。見つかった時に5-6cmに達している場合や、4cm台でも経過を見るうちに急に大きくなってきた場合には治療が必要になります。この時点ではほとんど症状はありません。初めての症状が破裂時の痛みであることが多いので、それを避けるためには症状が無いうちに手術の決断を迫られることになります。 治療は拡大した部分を人工血管に取り替える手術を行います。大動脈瘤には他に解離性大動脈瘤と呼ばれるものがあります。これは大動脈の壁の内側(内膜)に亀裂が入り、そこをきっかけに大動脈の壁が二枚に裂けてしまいます(解離)。裂けた部分は弱いため拡大しやすく破裂のリスクが高くなりますが、他の問題として大動脈の枝に解離が及ぶとその枝の血流が悪くなってしまうことがあります。枝の場所によって様々な障害が起こります。解離を生じる前の血管の太さは必ずしも大きくないので事前に察知するのは困難ですが、高血圧と関係が深いので、少なくとも高血圧は放置せず必要ならきちんと治療することが重要です。現在解離性大動脈瘤の治療は色々なパターンがあり、心臓から出てすぐの上行大動脈に解離がある場合は生命の危険が高く、外科治療(人工血管置換術)が第一選択となります。